葉桜の季節に君を想うということ/歌野晶午


葉桜の季節に君を想うということ今そこにあるミステリーの危機

普通ならスルーだけど、「このミステリーがすごい!」で1位を取ったということで、あえて取り上げて難癖つけてみる。僕自身期待してしまったわけだし。
ネタバレには気をつけて書いたつもりだけど、疑る質のひとがこれを踏まえて読めばやっぱりネタバレということになると思うので、楽しみに読みたいという場合はここでやめた方がいい。難癖つけるってんだから当たり前だけど。

これを評価したひとたち、「意外なラストが」とか言ってしまったひとたち。そのひとたちはちゃんと本を読んでいない。断言してもいい。普通に読めば、何ヶ所か強烈な違和感があるところがあるはず。はっきりひとつ挙げるとやくざ云々が出てきたあたりなのだけど、ラストで驚けたということはそこをスルーしたということだ。僕はそこで「なんでこの本はこんなに読みにくいんだろう?」と考え、結論はあっさり出た。ある仮定が正しいとすれば全ての辻褄があう。結局それは「意外なラスト」とやらの答えとイコールだった。そしてその驚き無くしてこの本には何の価値もない。後述するけど物語そのものには価値があったかもしれないのにだ。

これもちょっとネタバレが不安ながらトリックは全く違うから思い切って持ち出すけど、筒井康隆が『ロートレック荘事件』でやった反則。あれと同質。
筒井康隆の場合、15年も前のことだからということと、そもそもミステリー作家じゃなく、それよりロートレック云々で勝負している作品だということで大目にみたいのだけど、歌野晶午の場合は本職だから、まったく認められない。
大目にみたい筒井康隆だって、名も実もあるひとが、あれだけ読みにくい文を書いておいて「騙されたろう?」ってのは違うでしょう(僕が知る限りそれ以外にはやってないと思うけど)。
更にいうと乙一がある作品でこれに近い手法を取っているのだけど、これはスムーズに読み進めた上で騙された感を味わえたので、手法自体を完全否定するわけではない。というか、僕は特にミステリー読みというわけじゃないのでわからないけれど、そもそも特別新しい手法だとも思えない。
(その乙一作品は現代ミステリーやライトノベルを見直すきっかけにもなった佳作なので、ネタバレを完全に避けるためにタイトルは出さない)
そしてなによりいけないのはその手法、表現トリックの帳尻合わせのために作られた世界のいびつなこと。そういう世界もないことはないんだろうけど、これだけ寄せ集めるとどうしようもなく不格好。
この本に低い評価をしているひとに共通していると思うポイント。それはその表現トリックのために話のおもしろさをダメにしてないか?ということ。それを諦めれば、同時に帳尻合わせの不格好な装飾もしなくてよくなるわけだから、まっすぐストーリーを進められて、存外悪くない作品になったんじゃないかと思う。やくざエピソードなんてのは結構おもしろいのだ。 なのに途中からわかっていたことを得意気にどんでん返しの大オチでーす、ってアホかと。

この本を1位にしてしまう、所謂ミステリーファンのひとたちは騙されたくて仕方がないのだろうと思う。だから多少の違和感には目を瞑ってしまう。そしてミステリー読みは馬鹿にされるのだ。
山本英夫は『半落ち』の件で、直木賞受賞の可能性をなげうってまでかばってくれたけど、林真理子の言い分はある意味正しい。暴言だとは思うけど、ミステリーというジャンルを自分たちファンで貶めているということは間違いない。
そんなこと門外漢に言われる前に自浄作用を働かせてほしいと思うのだけど。

(ホンマ:04/11/01)

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