羊のうた/冬目景


羊のうた(1) 一芸でもいいじゃないか

2005年2月現在、動いている冬目景のマンガは『イエスタデイをうたって』だけだ。ついこの間購入した作品に『幻影博覧会』の1巻というものもあるけど、初出の欄を見ると2000年からの仕事。とても連載とはいえない。『LUNO』だって1巻が出たのは丸2年前。刷を重ねているので人気がないとは思えない。何故か。
そのヒントといったら語弊があるかもしれないが、その『イエスタデイをうたって』には重要な問題がある。思い切って書いてしまうと、話がつまらない、というか動かない。取り立てて書くようなことのないごくありふれた設定のもと、ありがちな登場人物が、いかにも漫画的に行動する。普通ならすぐ飽きるのだけど、新刊が出ると買ってしまう。もちろん惰性っていう言葉も否定できないのだけど、プロットの欠陥を補って余りある”絵”があるからだ。 ”絵”だけで女の子が可愛いと感じるこの画力が素晴らしいのだ。
やはり最近購入した『文車館来訪記』にも似たような欠陥がある。こちらは設定にはそそられるものもある。絵もやはり実に見事で、オールカラーをふんだんに活かして難しい設定を見事に描いている。しかし始まってしまうとやはりなにも動かない。ストーリーは水面を漂うようにさらさらと、その深みを感じさせることなく終わる。
恋愛を書いてもミステリーを書いてもファンタジーを書いても、いつも設定がなぞられるだけ。
冬目景は沙村広明が師事した(とどこかで読んだ気がする)という逸話も納得の画力を誇りながら、致命的に話が書けないのだ。

そんな彼女が一本だけ、”絵”に釣り合う話を書いたのがこの『羊のうた』だ。
まず設定が秀逸。「どういう話?」と尋ねられたときに簡潔に答えることができ、かつそそる。例えば『攻殻機動隊』や『EDEN』ではその世界観を言葉にすることが難しいし、『パトレイバー』とか『スカイハイ』では設定だけ話しても魅力の10%も伝わらないだろう。簡潔な言葉で興味をそそるマンガというのは、ありそうでないのだ。
次に一番大事な”絵”との釣り合いについて。例えばこの話を高橋ツトムが書いたら。割合と簡単にイメージはできるけど、大分違った感触になると確信できる。血は出まくるし、トラウマものだ。かなりスリリングな仕上がりになるだろう。
しかし『羊のうた』にそういったえぐさはまったくといって良いほどない。耽美といっていいかもしれない。この静謐な空気は冬目景の絵でなくては出なかっただろうと思う。
思うに、これは非常に文学的なマンガなのだろう。文学的といってもアホが脊髄反射で使うような、難解なとかいう意味ではなく、その接し方において。そしてそれは冬目景の生きる道だと。

高橋ツトムや沙村広明のように、高い画力を持ち、かつそれに汎用性があるマンガ家なんてあんまりいない。冬目景は素晴らしい画力の持ち主だけど、話を練り上げる力はないし、しかもその”絵”は大いに話を選ぶという厳しさ。『羊のうた』は例外的な成功作なのだ。
才能を与えられ、アーティストとして生きることになったからには自らのインスピレーションに従って作り続けるのもいいだろう。というかそれが本道だろう。だけど、あまりにも特異な能力の持ち主で、かつその能力がハイレベルな場合、自分のできないことを人に補ってもらって、代わりに自分の武器に関しては最大限に活かす。そういう選択肢も、あるならだけど、選んで欲しいと外野は思うのだ。
さながらスピードも運動量も乏しく守備も下手だけどFKだけのためにミハイロビッチをCBに入れるように。自分の造形能力にほどには色のセンスは天才的でないと自認したガウディがジョジュールをスタッフに招いたように(ギャラリーフェイク9巻より)。そういう能力の活かし活かされ方もあるのではなかろうか。 具体的にいうと、彼女の原作付きの漫画を読みたいのだ。

実はここで絶賛の扱いをしている彼女の画力だけど、実は大きな不満もある。線だ。
まず、下書きの線が残りまくっていること。『文車館来訪期』がフルカラー&上質紙ということで顕著なのだけど、これじゃ先ほどからしつこくダブルクォーテーションしているように”絵”だ。マンガじゃない。これ故に彼女のマンガは静物画の趣を帯び、話の動きのなさが強調されてしまう。
そして、その主線がまた薄い。この辺りがまたマンガ家でなく画家っぽいのだけど、一本の線でしっかりと輪郭を描かない。
昔手塚治虫は一筆でさらっと綺麗な丸を書けなくなったことに気付いたとき、自らの衰えを感じたと聞いた。
また、浦沢直樹は仕事場にテレビカメラが入ったときに、本当に呆れるほどさらっと一筆でキャラ(テンマだったかなあ?)を描いて見せ、コレができなきゃダメですと言ってのけた。
それはあなたがたが凄すぎるスキルなだけで、そんなことでダメを出されるなら世の殆どのマンガ家はダメだと思うのだけど、冬目景の場合はちょっと看過しがたい。そこまで弱い線では訴えかけるものがないし、なにより読んでて疲れるのだ。
もはや作風として定着しているのだろううから変化は望めないけど、できればどうにかしていただきたいと思う。

(KOM:05/02/26)

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イエスタデイをうたって(1) LUNO(1) 文車館来訪記 攻殻機動隊 EDEN(1) パトレイバー(1) スカイハイ(1) ギャラリーフェイク(9)

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